変化を阻む心の怖れ

変化を阻む心の怖れ

アドラー心理学

変わりたい、変えたい。

そう思いながら生きてきました。

23歳で結婚して、24歳で父になって重たいもの背負ってもいつかは変わる。

変われるものだと思っていた。

しかし、安定的な収入と変わらぬ日々の繰り返しが、その考えをどんどん消し去っていきました。

社内しか知らない私には、世界は不可能と絶望にあふれていました。

変わるためには大きなエネルギーとお金、才能、意志が必要だ。

どんどん時間は過ぎていく。

定年を迎えた時にこの先どうすればいいか。

アルバイトでもしてお金と時間を稼ぐしかないか。とか考える日もありました。

 

いま、不安がないかと言えばそれは嘘になります。

フリーランスの収入はなかなか安定しませんから。

そんな不安よりも大きいのは、すべてのことにおいて自己決定できる自分が居るってことです。

自己決定が何かと言うと、自分の行く道をすべて自分で決めるということです。

そして自分の行く道を選ぶときに、『うまくいかないのではないかという恐怖心』を克服したことです。

それまでの私は、恐怖心から先に行かないことを選ぶということをしていました。

 

わたしが恐怖心を乗り越えて自分で選択した経験をしたのは、このブログでも何度も書いていますが、中学校の同窓会をやったことです。

最初数人の同級生たちに「目標50人」と言って始めました。

20人しか集まらなかったらどうしよう。

盛り上がらなかったらどうしよう。

何か下心があると思われたらどうしよう。

誰や?中野って?知らんし変な奴やったら困るから行かんとこ。と思われるのではないか。

『同窓会やるぞって失敗したやつがいたな。』って同級生たちの笑い話のネタになったらどうしよう。

色んな恐怖心がありました。

けど、やりたかったし、やること分解して考えたら、大したリスクはないことが分かったのでした。

実家を回って案内状をポスティングする。

ホームページとメールアドレスを作ってそれを案内状に書く。

わたしがやることと言えば、たったそれだけでした。強い意志も才能も必要ありません。

やり始めたら想定外のことがどんどん起こって、結局目標の3倍近い132名が集まったのですからやってみるもんです。

ほとんどは中学時代、話したこともない、名前も知らない人でした。

人からの評価を気にして、「まぁ10数人の同級生と仲良くなったからそれでいいや」と思い辞めていたらあの感動の同窓会を味わうことも、みんなに提供することも出来なかった。

それから出来たご縁で、街を歩いていて何人も同級生と合い挨拶をする日常は訪れなかった。

同級生と気づかずすれ違う、知らない人だらけの故郷の街だったでしょう。

 

変わったこと。

お金持ちでもなければ名誉や地位もないし、収入も一定しない。

かといって定年後の将来を不安に思う自分でもない。

変われることを知った。

ですが、それだけでどれだけ生きることが楽になり楽しくなるか。

まだまだフリーランスとしてもがきまくっていますが、楽しくて仕方ないのはその思いがあるからなのかな?

ってことを改めて考えたのはこちらのnoteの記事です。