鑑真和上の思い

生き方・働き方

仕事を志事に。

働くことで幸せが実感できる社会の実現を願う、キャリアコンサルタントの中野敦志です。

 

私は長い間、お金を稼ぐことが人生の目標であり、それによってのみ家族に責任を果たすことが出来る。と思ってきた。

なんとか長年に渡りその責務は果たしてきた。

しかし、振り返ってみると私の人生で一番年収の高い時期が一番しんどく、不幸な時期だった。

もっと頑張れ!

それしか頭になかった。

何を頑張るのか、が、無かった。

なので、自分の心が折れた。

そして自分に残った感情は『虚しさ』だった。

会社の同僚たちが『役者』にしか見えなかった。

みんな自分の役割を演じる『役者』。

一生懸命演じている。

 

お金を稼ぐとは、会社に貢献し会社から給料をいただく。

そこに自分自身の目的や理念は悲しいかな存在していなかった。

役割を演じることが目的であり、会社に存在している意義なんだと悟った。

 

そこにはすでに自分の居場所はなかった。

自分が役割を演じているとは露にも思っていなかったのに。

頑張ろうと思っていたのは、演じようとしていただけだった。

 

お金を稼ぐことが大きな目的ではなくなった途端、役者を演じることを辞めた。

意識が会社の外に向いた途端、自分の精神的なよりどころを求めて日本の文化の源泉に辿り着いたのかもしれません。

奈良には1300年の日本の歴史が埋もれていて、今の時代を築いている何かが存在していると感じた。

唐招提寺には、当時の日本に仏教の経典を伝えることが自分の使命、天命だと思った鑑真和上が眠られている。

その時の思いが境内には漂っているように感じます。

没後1300年経っても弟子たちが伝える何かが守られている。

南大門から金堂を望む空間は凛としていて大好きな場所です。

 

これを企業に置き換えた時、創業者の理念は鑑真和上の思いです。

そして会社に居る人間たちが文字も含めて五感で伝えていく。

創業のストーリーは鑑真和上の10年間での5度の渡航失敗の逸話にも似ている。

我々企業人が守り通していくのは企業の理念とそこにいる人々の存在価値だと思います。

 

自分が会社という枠に居て役者という衣をつけていたことに気づいたとき、はじめて奈良に導かれた時のことをこのように解釈するのもいいのかと思いました。

 

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